6月のあいさつ
- qnunun
- 2024年6月5日
- 読了時間: 10分
更新日:2024年10月7日
6月はプライドマンスです。これは、セクシュアルマイノリティの権利運動のきっかけと言われている「ストーンウォール事件」に由来しています。
「ストーンウォール事件」とは’69年6月末、ニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン」に集まっていたセクシュアルマイノリティの人たちが、不当な捜査をした警察と衝突し、抵抗運動を行なったという出来事(当時は様々なセクシュアルマイノリティを
一緒くたにしてゲイと呼んでいました)。この「ストーンウォール事件」を記念したのがプライドマンスであり、世界各地でイベントが行われています。
私は子供の頃から音楽、特にJ-POPなど日本の音楽に自分の居場所を探しました(詳しくはこちらの投稿をご覧ください)。あまり本を読まない私は、日本の音楽の歌詞を詩だと思い、小説だと思い、つまり文学だと思って聴いてきました。なかにはセクシュアルマイノリティの歌として聴くことができる楽曲もあり、そういった楽曲に対してはさらに愛着が生まれました。そこで今回プライドマンスということで、「これはセクシュアルマイノリティをテーマにした歌だ」と思った日本の音楽を紹介しようと考えました。
あくまで私の視点で「セクシュアルマイノリティをテーマにした歌だ」と思うだけであり、必ずしも作り手がそのような意図で作ったわけではないと思います。しかし楽曲に自分なりにストーリーを託すことは自然なことで、解釈は常に聞き手に委ねられています。曲の主人公を増やすことは、何一つとして悪いことではないはずです。
ストレートが前提とされる社会で、セクシュアルマイノリティをテーマにしたかのように聞こえる楽曲は、自分にとって貴重な居場所です。プライドという趣旨からは少しズレるかもしれませんが、そういった楽曲をシェアすることで、また別の誰かの居場所になればいいなと願っています。
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1.ANATAKIKOU「リリー」
(初出・’02年11月『リリー』)
この歌の主人公はリリー。明け方、ヒゲの伸びたリリーは、自分の店で雨を見つめながら微笑む。そして呟く、「長靴のヒールが気に入らないのよね」と。
ANATAKIKOU「リリー」は、いわゆる“オカマバー”のママをモチーフにした歌だ。実際、アウトロでは「oh, come on Lilly(オカマ、リリー)」と繰り返し歌われている。またリリーとは、関西のローカルタレント・リリアンから取ったと、メンバーのかたが話していたように記憶している。
雨を見つめて、たわいもない時間を過ごしているリリー。だけど突然、「どこまでも一人暮らしね」とも呟く。冷たい諦念や虚無を感じてしまう。
でも“キツめの服に灯りを詰め込む”。自分の好きな服を着ることこそが、雨雲が垂れ込む、薄暗い空の下の灯りのように希望であると歌っているように聞こえる。その灯りを見つめることは、自身のセクシュアリティを受容していく作業のようにも思う。そして、リリーがチャーミングにウインクを打つのは「六月の空」だ。
2. 松崎ナオ「交差点の置き手紙」
(初出・’99年02月『電球』)
同性に恋をすると、好きだという気持ちを口にすることが難しく、その気持ちを閉じ込めてしまう。同性愛者が“ないもの”として扱われている社会では、同性愛者であると気付いたとき、欲望の解像度が低い場合があり、本当に好きなんだろうかと戸惑うこともある。同性愛者であることが受け入れ難い、というのもあるだろう。
この歌の主人公も、そうかもしれない。「僕はまだ語るつもりはない」といい、喧騒のなか、さまざまな声にかき消されそうになりながらも、あなたが好きだと思っている。でも、語ることができないのは、それほどこの感情は確かなものではなく、あやふやなままだから。思いの萌芽に対する不安さえ、時に面倒になってしまって「忙しく働こう」と独りごちる。
だけど、「あなたがいたから自分は自分のままでいられたのでは」と考える。つまり「あなたを好きだからこそ、自分は自分である」と。
そう繰り返し思うことで、受け入れることで、身が軽くなる。夜が好き、海が好き、空が好きと言うように、もっと早く素直に、好きな気持ちを表現していればよかった。好きだという気持ちを閉じ込めずに、恥ずかしいと思いながらも好きだと言えるように、やっとなってきた。すると「ラララ」というメロディが、祝福するように鳴り響く。
3. 川本真琴 feat. TIGER FAKE FUR「クローゼット」
(初出・’10年02月『音楽の世界へようこそ』)
この歌は、セクシュアルマイノリティの友人へのエールのように聞こえる。クローゼットとは、セクシュアリティを公表していないセクシュアルマイノリティのこと。そして、川本さんは「本当の恋人の名前を教えてくれた」と静かにゆっくりと、噛み締めるように歌う。
時を刻んだ、古びたクローゼット。その扉を開けると鮮やかで美しい、だけど消えそうでもろい手のひらが一つ。その手を取り「一緒に歩こう」と声をかける。
あなたをずっと愛しているし、あなたはこれからも愛される。きっとこの友情は変わらないし、そっと見守ろう。友人を優しく見つめる眼差しが感じられて、とても好きな歌だ。
4. 矢野真紀「東京タワー」
(初出・’04年3月『はるか-遥歌』)
この歌は、同性のパートナーへのラブソングのように聞こえる。僕は、君と東京タワーに登る。そこで東京の空に自分の未来を重ねていた、子供の頃のことを思い出す。野球場で、父は僕の手を握った。その暖かさ、父から受けた愛情は、君へと注ぐものにやがて変わっていく。
家族の愛を確かめた主人公は、しかしこう呟く。ゴールも約束も、何一つない。答えはわからないけれど、これからもずっと一緒だと信じている、と。
このフレーズが、とても気になる。法的に関係が認められており、添い遂げることが可能なパートナーへの歌ならば、家族の愛を確かめた後にこのような言葉が溢れるだろうか。ゴールや約束や答えは曖昧であると、言葉にするだろうか。
東京タワーの望遠鏡越しに見る世界は、いつも小さくて現実味がない。この街がまるで模型のように見えるのは、2人の関係性が“ニセモノ”とされているからではないか。
確かなものはいま目の前にいる君と、目に映るもので、それだけを僕は信じている。約束ができないからこそ、切実に君が大事だと伝えたい。その想いは今すぐ消えそうなほど儚い。だから、僕はまっすぐに伝えようとする。
そんな僕のいう“僕のみた現実”や“昨日までの悲しみ”に、思いを巡らせてほしい。
5. Polaris「檸檬」
(初出・’03年9月『檸檬』)
この歌も、同性のパートナーへのラブソングに聞こえる。
主人公は自転車に乗って、君に会いにいく。君は微笑んでいるけれど、月陰に隠れるようにしている。主人公は「自転車に君を乗せて、遠くの知らない町に行きたい」と思う。そこで、笑ったり泣いたりしたいと願う。でもこの町では隠れるように暮らしているから、そんな当たり前のことも2人ではできない。
だから、君も「夜の向こうへ連れていってほしい」と言う。でも“朝を超えられない2人”は、2人という単位では陽のもとで暮らすことはできない。そして“月の裏側”の世界に、今ある生活とは真逆の世界に想いを馳せる。そこにはきっと祝福のように、たくさん花が咲いているでしょう。
檸檬の香りが目に染みて、やがて涙が溢れる。檸檬の花言葉は「誠実な愛」だ。ならば、これは愛のための涙ではないか。ふと漏れた「君に会えてよかった」という言葉が、切実な思いとして響く。
6. 鬼束ちひろ「MAGICAL WORLD」
(初出・’07年5月『everyhome』)
社会の規範から外れていると、“普通でない”という烙印を押されてしまう。ときにその烙印によって、自らに呪いをかける。“普通でない自分”を他者と比較し、自分を受け止めることができず、自らであることを苦々しく感じてしまう。
鬼束ちひろ「MAGICAL WORLD」は、そんな“普通でない人”の葛藤の歌に聞こえる。私は私を愛せないまま、それでも生きることを続けている。自分を愛せないのは他者と同じではないからで、鬼束さんは「人のように振る舞えなくて泣いていた」と歌う。
しかし、このフレーズと同じメロディに乗せてこうも歌う。「あなたの温もりには敵わなくて泣いていた」。他者と自身を比較して苦しみを覚える、つまり他者の存在が苦しみの根拠だが、いっぽうで他者の存在が自らの救いでもあると認めている。
この切実な叫びは、歌として共有されることで“普通でない”聴き手に同志の存在を知らせている。そして、この歌は彼らの思いを解放する場や治癒する場にもなるだろう。
7. 鬼束ちひろ「書きかけの手紙」
(初出・’20年6月『REQUIEM AND SILENCE』)
「MAGICAL WORLD」で、鬼束さんは“普通でないことの苦しみ”を歌っていた。そんな鬼束さんだが、20年歌い続けることで“普通でない自分”を許すことができたようだ。
デビュー20周年を記念したベストアルバムに収録されたこの曲は、手紙をテーマにした歌だ。後悔をしたためた手紙を色々な街に送った。すると、わずかだけれど返事が来た。そこには、こう綴られていた。「まともじゃなくても普通じゃなくても、それでいいから」。
鬼束さんは、こう歌う。わからない言葉は全部辞書に載っていたけれど、それは自分の辞書ではなかった。すがる思いで、頼りないものすら頼りにした。「きっとどこにもない気持ちだったのだろう」と振り返る。
自分は自分でしかないと、誰かと同じでなくてもいいのだと歌う。私たちは、一つのルールに収斂されるものではない。だから、たとえ自分が“まとも”でなくても“普通”でなくても、それでいい。私が私であるだけで、誰にも咎められることはない。
そう認めることができた鬼束さんは、その一年後の楽曲「スロウダンス」で「踏み外したって構わない」と歌っている。
8. Ayu Okakita「You’re loved」
(初出・’23年10月『Grow, Grow』)
冒頭で説明したように、このプレイリストは“日本の音楽”をメインにして構成されたものだ。そのため、ボーダーレスに活躍するOkakitaさんの曲をリストの中に入れていいのかという躊躇いがあった。それでも、とても好きな歌なので紹介しようと思う。
Ayu Okakita「You’re loved」は、社会の規範から外れたものへのエールだ。「何もあなたを傷つけることはできない あなたは、愛されている」「何者であるか、誰にも決めつけさせないで」と歌われると、曲はこう続く。「何と言われようと、自分を否定しないで」。
これらのフレーズが、繰り返される。荘厳な響きのなか、静かにゆっくりと。何者であっても、構わない。どんな存在であっても、自分自身を否定する必要はない。そして「誰にも決めつけさせないで」というコーラスが、祈りのように木霊する。
すると「何もあなたを傷つけることはできない」という幾重ものリフレインがやってくる。記憶の底からやってくるような、空から降るような。その響きに身を委ねたら、心地いい安らぎが訪れる。それは“私は私でいい”という、受容の後の安らぎだ。
9. 高橋由美子「虹の彼方に」(初出・’90年9月『Fight!』)
虹色は多様性を標榜する色であり、虹はセクシュアルマイノリティの象徴として扱われている。またセクシュアルマイノリティのアイコンである、ジュディ・ガーランドの歌った「Over The Rainbow」の邦題は「虹の彼方に」。ジュディほどではないが、高橋さんの芸能生活にも紆余曲折あった……というのは置いておこう。
「虹」や「Over The Rainbow」という共通点から、高橋由美子「虹の彼方に」をセクシュアルマイノリティをテーマにした曲として聞くことができる。例えば連帯して、同性婚などの権利を獲得しようと奮闘する人たちへのエールに聞こえる。
高橋さんは、こう歌う。降り続く雨も終わり、もうじき陽が差してくる。眩しい虹がもうすぐ、必ず出てくる。光が消えないうちに走ろう。虹の彼方に、きっと私たちの未来があるから。
雨が降りそうでも、決して弱気にならないで。あなたはうつむくけれど、虹はもうすぐ出る。必ず出るから。そう歌う高橋さんの声はキラキラとしていて、明るくパワーがあり、歌のエネルギーを引き出している。
さらに、高橋さんは「あなたの心と私の心が一つになれば、きっと大きな虹になる」とも歌う。これは思いを一つにすることで、願いを実現する姿と重なる。連帯を高らかに歌うこの曲は、奮闘する人たちのエールにきっとなるだろう。
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以上9曲を紹介しました。隠れていた主人公や彼らを支える人たちと共に、大手を振って陽のもとを歩きましょう。
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