新年のご挨拶

例年通り、年が明けて早速焙煎しました。焙煎生活も15年続いており、ことあるごとに方法はマイナーチェンジしており、昔よりは焙煎したマメの色がきれいに揃うようになったなぁと感心したりする(写真で見るとそうでもないけど)。今回焙煎したのは、グアテマラのフルーツフィールド。その名の通り果物のような香りや味わいです。もうすこし煎るつもりが浅煎りになったのだけど、これはこれで美味しいから、まぁいいか。
去年焙煎したので美味しかったのはエチオピアのイルガチェフェで、せっかくなので知人にお裾分けした。喜んでもらえたので、嬉しかった。
年末はこちらも例年通り、毎日人に会っていた。大体散歩していた。加古川を歩いたり、大阪の新世界をさまよったり。大晦日には地元の海に行って、冬の海の荒涼とした感じに安心感もあった。一緒に行った友だち2人に長生きしてほしくなり、「長生きしてね」と言ったりした。
登山もしまして、今回登ったのは静岡は伊豆市と沼津市の境にある達磨山。さすが静岡というか、富士山が近くに見えてきれいだった。

去年の年始は「作ることが好きだから、ずっと作り続けることができれば幸せが続くと考えている」と書いていた。けれど、環境や心境の変化がありまして、去年はあまり作らなかった。まず、1曲も作らなかった。ライブは3本しました。5月の七針での様子はYouTubeにアップされています。
あまりXに積極的でない私ですが、インスタのストーリーズはちょいちょい更新しています。「何してんの?」と思われるかたは、インスタをフォローしていただけたら。
<音楽活動のアカウント>
詩は一編だけ書いた。せっかくなので、公開しようと思います。『八重』といいます。
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『八重』
山の花 仰ぐ通り
さざめく風は 陽に還る
鳥のゆく 影下りる
ささめく声を 綴じるあさ
くずれた実 ほそる膚
たえた色香を 継ぐうから
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文章は『さざなみ』で、6本書いた。さざなみの配布場所はカニさんがホームページでお知らせしていますよ〜。
<さざなみについて>
コラージュは15点作って、そのうち気に入ってるのは5点くらいかなぁ。年が明けてからは、こんなのを作りました。

今年は立体のコラージュ作品を作れたらいいなぁと考えています。いつか発表できたらな。作品集『moor』も読み返して、やっぱりかっこいい作品になったなぁと思うので、気になった方は手にしてほしいです。コラージュだけでなく、詩も一編載せています。
<コラージュの作品集『moor』について>
ある程度、未発表の作品が溜まったらコラージュのインスタアカウントもまた更新していこうと思います。よければフォローしていただければ嬉しいです。
<コラージュのアカウント>
メモ拾いも相変わらず続けておりまして、28点ゲットしました。台湾旅行したときにも拾ったんですよ!海外でメモを拾うのが長年の夢だったので、めちゃ興奮しました。このことについては、『さざなみ』26号で書いています。
<メモ人のアカウント>
仕事を辞めるので、今年はさらに環境が変わる予定ですが、自分のしたいことをし続けたいなと思います。マイペースに、作り続けられたらいいな。その前に2ndアルバム『煤』をリリースしたい。諸事情で制作が滞っているのですが、なんとかしたいところ。
去年はアウトプットをしなかったかわりにインプットをたくさんした。というか、読書にハマったのだ。わたしはもともと、それほど読書が好きでないというか、読んでないわけではないが、いわゆる読書家でも本好きでもないし、どちらかと言うと面白そうなのをつまんで読む、というのをしてきた。
ところが、昨年5月に仕事を辞めようと決めてから、次のステップを考えていくなかで、その次のステップというのは仕事面だけでなく社会のなかにいる1個人としてのステップというか、そういうのを考えるにつれ、読書にハマっていった。5月から年末までの間に、50冊読んだ。
最初は中島岳志さんや坂口恭平さんの本を読んでいたのだけど、どんどん小説にはまっていって、いろんな作家さんがいろんなことを考えてるんだなと、当たり前なことに感心したりした。
そのなかでも、深沢潮さんの『緑と赤』がよかった。在日コリアンとしての生活が読みやすい文体で書かれており、差別のことはもちろん、初めて知る苦しみも描写されていた。
<『緑と赤』>
深沢さんのことは、『週刊新潮』に在日コリアンである深沢さんを差別する記事が掲載されたことから知りました。在日コリアンという自身のルーツに真摯に向き合っている人に対して、ああいう文章を書く、そして、その文章を掲載するということは、深沢さんの真摯な営みを踏み躙る行為だなぁと私は捉えています。
<深沢潮さんと新潮社のこと>
音楽の話をすると、上田まりさんのCDをぜんぶ揃えることができて嬉しかった。あまり流通していない作品が多く、でもすべての作品が素晴らしく。ブックレットを開いては、一曲ずつの歌詞を味わいながら聴いています。
新しい音楽でいえば、鈴木実貴子ズがとてもよかった。テレビでふとパフォーマンスを目にして、剥き出しでかっこいいなと思って、メジャーデビューアルバム『あばら』を聴いて、ガツンとやられました。《抵抗しろ/ぼんやり突っ立ってないで》という呼びかけに鼓舞され、《環境やシステムに腹が立った》という呟きに共感した。やっぱり私は、音楽に感情の行場を求めているんだと思う。
映画はあまり観なかった。でも、『ネクロマンティック』でおなじみ、ユルグ・ブットゲライト監督の特集を新文芸坐で観ることができたのはよかった。オールナイトで人体破壊や死体損壊を楽しみました。

上映前のトークで監督が「『ネクロマンティック』はジョン・ウォーターズのような、アート作品のつもりで撮ったんだ」と話されていて、そのことを念頭に置いて観たからか、確かに通じるものがあるなぁと思った。禁忌にされているものをテーマにしつつ、ドロっとしてない……みたいなところかな。『死の王』は抽象的で、だからこそメッセージが浮かび上がるような作品で面白かった。
映画ではないけど、ドキュメンタリーはNHKの『琉球ノワール 1945-1972』が印象に残っている。最後のシーンで70年代のラジオの一コマが流れて、沖縄のひとが「基地をなくしたい」と言って、でも本土のひとが「安全保障の観点から云々」って言うようなシーンがあって、今と変わらないなと思った。誰かの犠牲の上で成り立つ“自衛”って、改めて、なんなんでしょう。最善はわからないけれど、「今のままは、やっぱり違うんじゃないですか」と思う。
<『琉球ノワール 1945-1972』>
いまの政権からは、戦争のにおいはするが、生活のにおいがせず、やり場のない思いを吐き出せずにいます。それは、わたしの視点が偏っているのかもしれないけれど。
去年ボランティアで都庁下の食料配布に参加したとき、そこには800を超える人たちがわずかな食料のために並んでいた。近ごろはときに900人を超える大勢が、並んでいるという。
彼らやわたしの、苦しみや不安が軽減されないまま選挙が始まる。自分にできることをその都度、考えながら生活しようと思う。
今年もよろしくお願いします。




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